南相馬でボランティア

5月26日〜28日の3日間、南相馬へ行ってきました。
きっかけは、震災から2年が過ぎた今を伝える。というNHKの某番組を見て悔しさと怒りが込み上げてきたから。ヘルパーを頼みたくても避難しているので介助者がいない現状。仮設から月に2時間だけ散歩(外出)している方がいる、仮設にて孤立し死ぬことを日々考えている方。そこで生活している障がい者の方々の姿が痛く切なすぎた。そういう現状を知ってしまったからには行動するしかなく。知ってしまったという責任もあると思います。一時は東京での生活を止め、人生80年として2〜3年は福島に移住しようか本気で考えました。その想いを肯定し本気で止めてくれた友がいます(インドから)。東京に残ってその想いとエネルギーを映画で世界中に発信してほしい。そう言われました。とても嬉しかったです。

映画と、映像と、介助の仕事をしていて休みはないんですが、どうにか有給も活用し3日間、身体を空けることができました。瓦礫撤去などのボランティア(以下、ボラ)情報はいろいろサイトに出ていますが、障がい者関係でボラ情報はネット見ても分からず・・・。そこで東日本大震災の時に立ち上がったJIL障がい者救援本部に問い合わせてみました。1ヶ月でもなく、1週間でもない、たった3日間ですが受け入れてくれる施設はありますでしょうか? しばらくして返信がきました。3日間でも来てくれるだけでありがたい、そこが放射能汚染事故の最前線に位置した施設「ぴーなっつ」でした。そこで私は生涯忘れられない経験をさせていただくことになるのです。


1日目。
ぴーなっつへ行く前、どうしても最初に海を見たかった私は原ノ町駅から2時間ほど歩き海へ

1日目、海岸近くの瓦礫の山
そこはまだ手つかずの瓦礫の山であふれ、時が止まったようなまるで違う世界に迷い込んだ錯覚に陥りました。後ろの方には散乱した墓石がまとめられてあります。

1日目、そのままの海岸
海岸に面したこの辺りには100ほどの集落があったらしいです。全て津波により流されています。誰1人いなかったのであのCMを真似て叫びました。

夕方、ぴーなっつに到着して石田さんと合流し、施設長の青田さんの話を1時間ほど聞きました。遅れてボラ仲間の佐土原が到着。夕食の際、映像やってる人間と音楽やってる人間がここにきた。やることは一つしかない「ぴーなっつの歌」を作って映像として残そう、伝えよう、と不思議に急遽決心。

2日目。

2日目、ホワイトボードに名前
施設長に昨夜の「歌と映像」のことを伝える。是非お願いしますと頼まれました。介助する気満々だった私は路線を変え首から一眼レフカメラをぶら下げながらのボラを。利用者さんたちの撮影許可もいただき、震災から3年目を迎えた今を片っ端からフレームに収めていきました。

2日目、古墳前でコンサート
午前のレクは急遽、近くにある桜井古墳公園で佐土原の野外コンサートが開催されることに。実はこの古墳の手前で津波が止まったそうです。施設長曰く「あの津波が止まった場所でコンサートをやったのは初めてじゃないか」とのこと。600人の方々が流された場所で、みんなが笑顔になれた素敵な瞬間があります。この様子を映像で記録いたしました。現在、編集中です。今月下旬にはYouTubeで見れるようにいたします。

午後からも佐土原の歌は止むことはありませんでした。と同時に「ぴーなっつの歌」の歌詞も練りながらあっという間に送迎の時間。添乗させていただき、ここでも初めての経験を!! 東京の下北沢と西が丘にあるデイサービスで勤務をさせていただいたことがある私にとって、まさかの畔道を通っての送迎。まさにカントリーロードのど真ん中を揺られ、ヤギや馬を見ながら利用者さんとドライブできたことは財産です。東京にいたら絶対にあり得ない送迎です。そして、視覚障がいの方を送迎する際ですがログハウスみたいな家の玄関に着きました。施設の職員さんがこう言いました。「ここ仮設ですよ、気づきました?」そうなんです、初めて仮設住宅に入らせていただきました。イメージはプレハブだったので想像以上に豪華です。ただここの仮設は最近できたところで地域によってかなりの格差もあるみたいです。視覚の方ですからその方の部屋の中まで入れていただきました。はっきりいって狭いです。東京で介助させていただいている利用者さんたちの電動車イスだったら中には入れません・・・。(どうする!?) 貴重な体験をさせていただきました。

2日目、チャリティDVD
施設長の郡さんに映画『てるてる坊主と金魚姫』(来月の七夕、愛知県にて上映決定!!)のチャリティDVDの収益の一部と、個人的な義援金を渡しました。(計¥10,000-) 送迎のガソリン代にでも使っていただけたら幸いです。

夜、施設の主任・石田さんらと近くの居酒屋で夕食。その後、石田さんが車を走らせ津波の被害にあった場所まで案内してくれました。夜遅かったので私と佐土原は自分たちで行くので大丈夫です、と最初は断りましたが石田さんのご好意で、とても丁寧な説明でこの地で何が起きてしまったのかを語ってくださいました。
また施設へ戻ると青田さんがさらに詳しくいろいろなことを教えてくださいます。テレビやネットで報道されていない数々の話も聞けました。やはり南相馬に来て想うのは、実際自分で行動を起こして現地に行かないと、見えてこないものがたくさんあるということです。何故この時期に南相馬に来たのか? 悲惨なニュースを見て行かないと、と思ったのではなく南相馬に呼ばれたんだと、その意図が降りてきたような気がしました。

がんばろう東日本!!と言ってるだけじゃダメなんです。ちゃんと行動にうつさないと。そこで得た情報、感じたことを自分の言葉で伝えないと意味がない。先に来られたボラの先輩方はパワポ使って講演されたり、ホワイトボードに写真を貼って現地へ行けない障がい者団体に状況を説明していたり、まとまった仕事の休みを利用してまた南相馬に来ていたり、今も動いています。

佐土原は明日が締め切りの「ぴーなっつの歌」の作詞に悪戦苦闘。帰る前に施設のみんなの前で披露している様子を映像に収めないと我々の目的(自分にしかできない復幸)が果たせませんから。日付も変わり眠そうな目で詩ができたと読まされました。即ダメ出ししましたけど(笑)

3日目。
午後からのお披露目撮影会に向けて午前中に一気に歌いまくろうと2ヶ所の施設巡り。

3日目、ビーンズ
まずは朝の会を終えたばかりのビーンズにて佐土原ライブ♪ ドラゴンボールの歌で大盛り上がり!!
本当はもっとみんなと一緒にいたかったんですが次の会場へ向けて段取りしながら撮影もしている私。この日は佐土原のマネージャーでした。(友達がアイドルグループチアチアのマネージャーをしています。彼女の気持ちが分かる気がしました)

続いて、えんどう豆です。5日後に迫ったとっておきの音楽祭に向けてリハーサルが行われていました。運良く通しでのリハを見ることができました。ここで今まで我慢していた感情をおさえることができなくなり号泣。それはみなさんが「まけないタオル」という歌を手話で歌っていたから。利用者さんたちがそのタオルを持ってメッセージを投げ掛けます。台所(?)へ行って泣きました。涙が止まりません・・・ そして“負けない”という手話を教わりました。

3日目、えんどう豆
今度は佐土原の番です。アンコールでは音楽祭のリハでやっていたAKBの「ヘビーローテーション」の2人とコラボし「マル・マル・モリ・モリ!」を熱唱♪♪ とても可愛いんですよ。もっと見てたいぐらい!! その後、えんどう豆さんのブログに佐土原ライブ音楽祭の記事がアップされ読ませていただきました。ありがとうございます♪

午前中の予定を終え、急いで昼ご飯を済まし、いよいよ「ぴーなっつの歌」を、ぴーなっつで歌う時がきました。この様子も現在、編集中です。今月下旬にはYouTubeで見れるよう急いで編集いたします。それとこのことに関しては自分たちにしかできない復幸と、もうひとつ目的があります。実はぴーなっつには震災後、全国から約2000人のボラの方々が来ていたそうです。ボラの連絡帳も大学ノート3冊ぐらいあったかな、実はその方々へ贈るビデオメッセージ的な意味もあるんです。震災直後に来られた方、震災から1年後に来られた方、2年目に来られた方、その時期で光景は違っていると思いますが、ぴーなっつ(ビーンズ・えんどう豆)の人たちは今も変わらず元気です。ということを映像で伝えたくて。佐土原が作った歌と共に約3分の動画を見て、聞いて、知って、伝えてください。彼のブログに歌詞がアップされています。

ぴーなっつMV撮影
「ぴーなっつの歌」 歌・詩・曲:佐土原武志 / 映像:堀河洋平
まもなく公開、Coming Soon!!

お世話になった(宿泊もさせていただいていた)ぴーなっつを出る時がきました。職員の方が「忘れ物はないですか?」と聞くので「もしあったら取りに来ま〜す」と、笑顔でお別れ。一時のさよならで再会がまたあります。年に1度はこういう時間を作って再び南相馬に帰ってこれるよう、それまで、がんばっぺ!!!!!


福島を出る前、我々がいる間に避難区域が解除になった浪江町を見に行きました。通行証のない我々は車のナンバーを控えられ防護服や警察、警備の方々がいる中を、特別に通らせていただくことに。

3日目、閉まったコンビニ
コンビニは閉鎖中。信じられませんが盗難もかなりあったようです・・・

3日目、時の止まった街
時が止まった街。余震で倒壊してもおかしくない。そんな家がたくさんありました。

3日目、手つかず
海の方へ近づくとこのような感じで、いたるところに瓦礫や流された車や船があります。

ここで掲載させていただいた写真は一部です。この3日間で322枚の写真を撮りました。その中から113枚をFacebookのアルバムで見れるようにアップいたしました。Facebookのアカウントを持っていなくても見れるようにしてあります。コチラから → 南相馬ボランティア

ちなみに動画は239カット撮りました。カメラマンは私一人なので編集でカット割できるようコンデジやiPhone5のカメラも多用。やはり私の必需品はカメラで、動画を通して復幸を応援し伝えることが役目なんだと誰かに言われているような3日間のボラ記でした。


リンク

◎私も購入した話題沸騰中の缶バッジも購入できる!! たくさんのメッセージが詰まったサイト
 → 南相馬ファクトリー オンライン

◎えんどう豆さんがテレビで紹介されています。




◎青田さんより紹介された映画、東日本大震災と障がい者。
 →『逃げ遅れる人々』

◎石田さんより紹介された映画、被災したのは人間だけじゃない。
 → 映画『犬と猫と人間と2』

◎東京へ戻り毎日聞いている福島のラジオ
 → きっとずっとなかま ふくしまスマイルキャラバン



これからも南相馬とつながって、ここで経験させていただいたことを映画に反映し、心のバリアフリーを世界に発信していきます。

新作短編映画『上にまいります』の関連動画が2本完成いたしました。

 → 打ち上げ
 → 15秒スポット



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プロフィール

Seckie

Author:Seckie
生年月日:1978年12月25日
出身地:熊本県熊本市
学歴:日本映画学校・映像科
血液型:B型
愛称:セッキー

福祉・介助を題材とした
バリアフリー映画を
作っています。
スタジオウーニッシュ代表

— L i c e n s e —
● 介護福祉士
● ヘルパー2級
● 同行援護従業者 (一般)
● 重度訪問介護従業者
● 医療的ケア認定従業者
● 福祉用具専門相談員
● 上級救命技能
● 認知症サポーター

リンク
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